GAUPA/”Myriad”:84p
今となってはすっかり忘れられてしまったことだが、かつてのミドル90年代をロックとともに生きてきたおっさんども方々なら少なからず理解ないしは共有してくれるであろう。
そう、「初期ビョークにヘヴィなロックを歌わせたかった」願望を。
90年代初頭、オルタナパンク・バンドTHE SUGARCUBESでの活動を終えて、ソロのアンビエントハウス寄りポップシンガーとしてワールドワイドに売り出したアイスランドのミステリアスなサブカル筆頭歌姫え姫?ビョーク。
イエローの1stポンプフューリーを履いたうら若き可憐え可憐?な彼女の、その峻烈な存在感と独特の歌いまわしは、それこそデビュー当時から多くの音楽畑を越えてぼくらこっちサイドのロックリスナーをも捉えたものだが、それゆえに同時に覚え湧きあげさせたのがそうした願望だった。
何せ、当時の世はグランジ直下型大震災の真っ只中。
或いはそこから幕開けるモダンヘヴィネス大後悔時代前夜のことである。
勿論、幾つかのインダストリアル・アレンジ曲などでそれはある程度果たされることになるのだが、しかしジャンルにもとらわれることのないポップシンガーな彼女ゆえ、結局はその程度と言ったらその程度終い。
そりゃ当然ながらもやむなしなのだが、やはり彼女は90年代の終わりとともにポンプフューリーもサブカルも脱ぎすて、その後ゼロ年代のダンサーインザダークという際限なきトラウマのはるか先にある未知の小林幸子へと向かっていってしまわれるのだった。
さて。
そんなグランジイズデッドとともに失われ忘れられたぼくらの90年代の夢をこの令和に果たしてくれそうな逸材が、ここに現れた。
スウェーデン出身、デビューや否や母国最大のロックフェス「Sweden Rock」に出場して向こうで一躍注目株に。
その結果、かのNUCLEA BLASTに見出され移籍&レーベルデビューを果たした、エマ・ネズランド(でいいのかな?)嬢率いる女性Voサイケ・ストーナーバンドによるこの本2ndフルレンスが他ならぬそれだ。
その魅力を一言で言うならば「ALICE IN CHAINSとMONSTER MAGNETをビョークに歌わせてみた」。
いやすまん、そりゃさすがに超乱暴にして独断かつ勝手な妄想でしかないが、しかし要するに言いたいこたあ、アレだ。
そう、ビョークにヘヴィなロックを歌わせてみた、である。
その音楽性の基軸としては、あくまでストーナーあるいはサイケデリック、オカルトロックあたり。
例えばM1“Exoskeleton”の初っ端から放たれるブリブリと野太いギターリフとその酩酊グルーヴはオールドスクールなストーナーのそれだし、M5“Elden”で見せるその引きずるようなヘヴィネスはドゥーム所縁のもの。
加えてときにHAWKWIND流れのスペースサイケを宙に渦巻き広げることもありで、それらとレトロロック、フォーク、サザンロックなどを混ぜたこれはある種のプログレッシヴ・ロック…とも勿論解釈されるのだろう。
が、しかし。
冒頭のようなぼくからすれば、そこに同様にスパイスとして混ぜられている90年代グランジのうすらダウナーさこそが、個人的には何よりも引っかかる。
例えば先のオープナーはじめ、随所に混ざるドロンとしたダークさに映りこむ、下をむいて歩こうNIRVANAによって飼ってた金魚が次々死にゆく鬱鬱ネガネガHow Lowマナー。
あるいはアリスをつなぐ重き鎖絡みついては暗黒戦隊シックマンがシアトルでぼくと握手するM2“Diametical Enchantress”や、初期JANE’S ADDICTIONばりにラリパーなドロドロしき夢をドラッギーにただようPV曲M4“RA”あたりだろうか。
そんな世界よパラノイアたれな1995年の漆黒の夢幻を、まんまビョークしかもこっちはちゃんと美シンガーが歌ってみせるのだから、そりゃリアタイおっさんどものすさみきった胸も踊るというもの。
それらもあってか、海外評で「ビヨークメタル」と言われていたのを目にし、「何それ」となりつつも興味を覚えて手を伸ばしたのが本作だ。
何せちょっとグランジみも混ざったただの北欧ストーナーロックかと思っていたら、ヴォーカルが加わるだけでガラリと表情が、まあ変わるわ変わるわアーミーオブミー。
それはまるでアイスランドの小林幸子の生霊が呪詛で取り付いたかのごとく、幽玄な歌声でマジカルにゆらめく歌いまわしをみせては、時にエキセントリックな激情を叩きつけることで、そのごっそり黒みがかったサイケデリカをビヨーキーに染め上げる。(何それ)
なかでも特筆すべきはメロウなブルーズとブラストビートに、そのサッドな哀念がおどるM3“Moloken”ですでに見せつけてみせる、フロントシンガーとしての貫禄よ。
他にもM6“My Sister is A Very Angry Man”Google訳「私の妹はとても怒っている男です」とシュールタイトルをつけてみせてはあたしってよく変わってるって言われるんですぅ感すら滲ませるサブカルヅラオブザストーンエイジに、寒風吹きすさぶかのスカンジナビア情緒を母国語の独特なイントネーションでアーシーに歌いあげるM7“Somnen”も雰囲気があって捨てがたい。
(ちなみにGAUPAというバンド名もスウェーデン母国語で「山猫」の意で、漂うそっち感よ)
このように本作は色味も抑揚も巧みに盛り込みながら、ついでにおっさんたちの果たせなかった淡くはかなき90年代ヘヴィネスの夢想を幾らか思い起こさせつつも、現代ストーナーロックの可能性をビヨーカブルなまでに切り出していく。(何それ)
まさに2023年の今、注目に値する秀逸なビヨークメタルの登場だ。(だから何それ)
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- アーティスト名:GAUPA
- 出身:スウェーデン
- 作品名:「Myriad」
- リリース:2023年
- ジャンル:ストーナー、サイケデリックロック、オルタナティヴ、プログレッシヴ・ロック