DEATH PILL/”Death Pill”:70p

DEATH PILL
先週の2023年2月24日で、かのウクライナへの隣国ロシアによる軍事侵攻から丁度一年が経過した。
この戦争に関しては以前ここでも軽めには触れたことがあったが(プーたん怒りのウクライナ)、しかしときに例外はあれど、あくまでウチは音楽批評のためのブログ。
余りそちら側に踏み込むのは避けるとするが、この1年目の区切りの機会に改めて、ただ一点だけを。
まずは上のリンク先にも書いたように本来、国際政治上の合理性から考えれば全くもって国益上のメリットが見いだせないため、そんなことにはよもや進むまい。そう元来思われていたこの戦争が、何故実際に行われたのか。
それはたった一人の最早老いぼれた独裁者の、失った願望と内政的なレベルでの支持率低下の打破という、いわばそのエゴと現状の座の維持のためである、ということ。
それから、かくしてそのために始められた戦争というものは、しかし実際に始まってしまうと誰も止めることは出来ずに案の定、かつてのベトナムさながら泥沼にズブズブの長期戦へとはまり込み、結果いつ終わるかも判らぬ多量の血と、命と、憎しみの連鎖だけを互いの犠牲として延々生んでいくのだ、ということ。
そして、そこでそうやって実際に血を流したり生活を脅かされるのは、いつも決まって社会の下を支える弱い立場の者たちだ…という現実だけは、やはりここでも強調しておくことにする。
(一点じゃなかった)
(三点だった)
おっと、いい加減、本題へと論を移ろう。
さて、この2023年2月24日という、そんな開戦からの1年目を記した1ページの片隅の片隅のほんのごくごく片隅に、とあるアルバムのリリースがひっそりと記載されていたことを、ほとんどといっていい程に世に知るものはいないだろう。
DEATH PILL、かのウクライナはその首都キーフを拠点としていたローカルなフィメイルハードコア・トリオによる本作は、初となるデビューフルレンスであり、そして恐らくは活動最後となるであろうアルバムだ。
なんでも彼女らは2022年まで、キーフにて主にライブ活動をしていたようなのだが、そのくだんの戦争によって余儀なく活動休止に。
更には、国内での戦闘激化によって三人は散り散りとなって、国外へと避難する。
しかし彼女らは諦めず、その戦火をかいくぐるようにネットで繋がることで互いに連絡を取り合っては、これまでの楽曲を起こしてリモートでのレコーディングを実施。
かくしてこの開戦1年後の先日、本作のリリースへとこぎつけた、ということらしい。
そうした背景も、恐らくはあるのだろう。
とにかくサウンドは激情にまみれている。
ハードコア由来のラフネスと勢いに、鋭角なスラッシュメタルのあぎとを加えたオールドスクールなクロスオーバーサウンドを、さながらBIKINI KILLばりのライオットガール・アティチュードで叩きつける。
ゆえに育まれる、性急なビートとリフに、噛みつくようなヴォーカルと、時折混ざる無邪気なローファイ・コーラスメロ。
かくもウクライナの女子三人が20数分に詰め込んだ、生々しい火だるまのような感情の塊。
ただし断っておくが、ここで彼女らが歌っている、いや吠え、叫び、訴えていることは、政治的なメッセージなどでは決してない。
これまで彼女らを取り巻いていた社会や文化における、女性蔑視への怒りや、日常の抑圧への憤り。
そんな、あくまで彼女らの生活に根ざした情感である。
しかし。
本作においてむしろぼくが伝えたいのは、今やそうした情感を巡る日常や生活こそが、戦争によって壊されたのだという、今ここにあるゆらぎない事実である。
いわば、パンク、ハードコア、ロックという彼女らの激情の発露を、より巨大で強大なる暴力的な戦争こそが、追い込んだのだ。
つまりはそうした暴力から押し出され、産み落とされたのが、このアルバムだということだ。
正直に、言おう。
その音楽性は、まだ至って拙い。
オリジナティはさして見当たらず、ロック先進国のそれらに比べたら垢抜けず、洗練さには程遠い。
ぶっちゃけ、実力もセンスもそう大したものでもない。
加えて、いや加えるのもなんだが、ルックスだって結構、微妙だ。
だから、決して褒められたもんじゃない。
だけど、それがどうした、という熱量が、ここにはある。
そして、だからこそ思い出させるのだ。
ぼくらが愛するロックは、パンクは、ハードコアは、作品性の良し悪しや演奏の上手さの比べっこだけがその価値基準じゃなかったはずだ、ないべきだ、と。
あの、許されざる戦争の戦火の下で、これが鳴らされている。
その情動は、それを受けてこそ、ここに響いている。
そのリアリティが、ここにはある。
戦争という巨大な暴力に晒された弱きものたちが鳴らす、情念のリアリティが、ここにはある。
このアルバムを唯一評価するのは、そうした本来のパンク、ハードコアが持っていたはずのプリミティヴな初期衝動に他ならない。

DEATH PILL/”Death Pill”
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- アーティスト名:DEATH PILL
- 出身:ウクライナ
- 作品名:「Death Pill」
- リリース:2023年
- ジャンル:ハードコア、ハードコア・パンク、スラッシュパンク