80年代という革命~MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987) ヴァイナルカフェ
MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)
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暑いけど風が心地よい、夏の週末。
さあて、色々あるけどまずはここからコオヒイひいてレコオド流して休日恒例ヴァイナルカフェ。

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

1980年代初頭のこと。
ぼくらは、とある名もない革命を迎えることになる。

それは「暗くて重たくしみったれた70年代を流し終えろ、これからは明るくてポップな時代なのだ」という、そんな革命だった。

全共闘の失敗。安保闘争の挫折。そして、結局は変わらない世界。
それらを引きずりながら、社会では公害を、経済ではオイルショックを受けていた、暗鬱の70年代。
しかし80年代はそこから克服し、果てはプラザ合意、そしてジャパンアズナンバーワンへと向かっていく。

まるで文化祭の前日を繰り返すような(「ビューティフルドリーマー」)、”ハレ”が終わらない、日常の始まり。
戯れの始まり。ザ、80s。

そんなこの80年代の革命を、ぼくは「バカでーす革命」と勝手に呼ぶことにした。

つまりは「70年代的なもの」への80年代的カウンター、「バカでーす革命」。
何だろ、イメージ的には、
パッカーン。\(^o^)/バッカ、でぇーーーーっす!↗︎(注:演)
って感じだ。

貧しいけど、連帯し共有しあえる、そんなぼくら若者。
「バカでーす」という解放は、そうした「70年代的なもの」を一切合切根こそぎ押し流すことになる。

シリアスな深刻さに対する、ライトな明るさ、ポップというカウンター。
豊かな消費者である個と、それ以外の他者という個人主義的な関係性。
つまりは、社会性の喪失。薄っぺらな軽薄さ。
考えるな、楽しめ、だから大量生産して使い捨てで大量消費しろという、享楽主義、刹那主義、商業主義。
そして成熟否定、「大人にならなくていい」という指向性。
世に見える様々な価値観が、こうした「80年代的なもの」へと変わっていく。
それがこの「バカでーす革命」だ。

当然ながらカルチャー、コンテンツもその革命対象となった。

例えば漫画では、劇画や「デビルマン」から、イラストライクに未熟性を描くアラレちゃん(「Dr.スランプ」)へ。
例えばアニメ(SF)では、外への若者の旅立ち「宇宙戦艦ヤマト」から、学園という閉鎖された日常に戯れる「うる星やつら」へ。
或いはテレビ番組では、オカルトブーム(未知への知的希求)から、女子大生ブーム(実体への性的希求)へ。
或いは音楽では、四畳半フォーク(若者の連帯)から、テクノポップ(個の分断)へ。
或いはヒットソングでは、「およげ!たいやきくん」(労働哀歌)から、「セーラー服をぬがさないで」(モラトリアム)へ。
或いはファッションでは、ヒッピースタイル&長髪(反戦:政治)から、DCブランド(モテ:性事)へ。
或いは文学では、「日本沈没」(社会の問題)から、「なんとなく、クリスタル」(自分の問題)へ。

そんな「バカでーす革命」は、そのままバブルに向かって疾走しては日本社会を狂騒で覆い尽くし、そして完全にバブル崩壊という後夜祭を終えてお立ち台から降りることになる1995年くらいまで、ずっと続いていくのだった。

さて面白いことに、この時代、ほぼ同時期に海の向こうでもリンクした現象が起きていた。

ウォーターゲート事件、そしてベトナム戦争の失敗と挫折。
一方の経済面では、オイルショック以降の深刻なスタグフレーション(インフレ下での大不況)。
それによる失業率の増大、さらにはこれまでアメリカ産業を支えてきた製造工業の衰退。

こうしたずっしり暗くて重くシリアスな70年代から、ようやくレーガノミクスで上向きに変わり、明るい日差しが指したのが、アメリカの80年代の始まりだ。

ここで見られた現象とは、なんだったか。
そんな親世代達へのカウンターとばかりに社会性を全く背負わない、X世代達を中心とした派手で華やかなロックやポップスだったのだ。
これらが「バカでーす革命」を受けた日本において、受けないわけがない。共振しないわけがない。

MOTLEY CRUE
80年代のアメリカ市場をメイン拠点としたいわゆるHR/HMバンド達の一勢において、最もそんなUS版「バカでーす革命」を受けたバンドの一つが、彼らである。

 

70年代末から80年代初頭にかけて英国から伝わってきたNWOBHMを、アメリカ自国のシーンで既存のロックをも踏まえて解釈し、アメリカ文脈のものへとオリジナルに作り直す。
そしてそんなアメリカシーンを見た、英国を含めた諸国のバンドらが、商業性を求めてそこに関連したコンテンツを多様に作り、レーベルを通して流通させるという消費サイクルを繰り返す。
これこそが実はヘヴィ・メタルであり、「いわゆるHR/HM」なるものの正体であり、すなわち「80年代のメタル」の実態だ。

であればこそ、かつての「LAメタル」というのは、この質性を殊更までに濃厚に含んだまさしく「80年代アメリカ社会ならでは」のものだった。
(スラッシュメタルもこの根っこが同じで全く同等だけどね)

では「80年代のメタル」、とりわけ「LAメタル」とは、一体なんだったのか。
ズバリ、
「バカでーす革命」と、古典的な「若者の反抗」モノのかけ合わせ、80年代US版。
これである。

シリアスな深刻さに対する、ライトな明るさ、ポップというカウンター。
社会性の喪失。薄っぺらな軽薄さ、個人主義。
考えるな、楽しめ、だから大量生産して使い捨てで大量消費しろという、享楽主義、刹那主義、商業主義。
そして成熟否定、「大人にならなくていい」という指向性。
“ハレ”(パーティ)的な、日常への戯れ。

これら「バカでーす革命」に、ロックの不良性という古典的な「若者の反抗」モノのイメージと、(やはり「若者の反抗」モノである)ロックサウンドの激性を当代的にモダナイズしたヘヴィ・メタルという音楽性を組み合わせ、それを新メディアであった「MTV」対応のビジュアル戦略としてアウトプットする。
イコール、アメリカ社会、アメリカ市場、アメリカシーン向けの80年代メタル。
すなわち、「LAメタル」。
いや、というかあの時代の、80年代のメタルの全ての土台が、仕組みが、実はこれだ。

勿論、そこには若干の組み合わせの違いやら多要素やらがあって、それが各々のバンドの個性にはなっているのだが、でもその基礎構造自体は全く変わらない。
だからあの当時に「HR/HM」と呼ばれたものは、ぼくに言われば皆、キホン、これである。(※1)

それを考えれば、MOTLEY CRUEこそが最も「80年代的なメタルバンド」だったという意見にも頷けるのではないだろうか。

「Girls Girls Girls 」
そんな彼らの、タイトルからして最も「バカでーす革命」にふさわしいのが、このアルバムだ。
時代はすでに、1987年。

遅まきながらここにきて、やっと「バカでーす革命」をやり遂げた。
そんなアルバムががこれだった。
そんなアルバムが、あの時代、「バカでーす革命」を受けた日本において受けないわけがなかったのだ。

 

どうしてあの時代に、MOTLEY CRUEというバンドが出てきたのか。
どうしてあの時代に「LAメタル」、後世になってヘアメタルと呼ばれるようなへんてこなバンド達が出てきたのか。
どうしてあの時代に、アメリカでヘヴィメタルが勃興し、隆盛を見せたのか。
それがどうしてあの時代の日本で、受け入れられたのか。

その理由が、ここにある。
その理由が、このアルバムに詰まっている。
その理由を、ぼくはここに書いたつもりだ。

ぼくらにとってMOTLEY CRUEとは、そういうバンドなのだ。

 

※1:これ詳しく書き始めると長くなるので別にするけど、この「バカでーす革命」を裏で支えていたのは「終末(死)への強い不安」であり、こういうものがメタルとSFとの親和性を作っていたのと同時に、これらに古典的な「若者の反抗」モノを掛け合わせると、ホラ、スラッシュメタルや正統派ヘヴィメタルバンドのあれやこれらになるでしょ、てのがぼくの持論だ。

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

MOTLEY CRUE/「Girls Girls Girls 」(1987)

DATE
  • アーティスト名:MOTLEY CRUE
  • 出身:US
  • 作品名:「Girls Girls Girls 」
  • リリース:1987年
  • ジャンル:HARD ROCK、LA METAL、HAIR METAL、HEAVY METAL、

 

ヴァイナルカフェとは
近年やっとアナログレコードにハマった超絶情弱時代乗り遅れ管理人、黒崎正刀が、休日の朝に趣味でコオヒイをひいて、その日の気分で持ってるレコオドを流し、まったり鑑賞している間にゆるーくSNSなどで書いているものを、こちらのブログに転用したもの。
よって、そのほとんどが70~80年代の古いものばかり。
尤も音楽批評というかしこまったものよりは、大概がただの独り言程度のたわいない呟きなので、ゆるーく本気にせず(笑)読んでいただければ幸いです。
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