色褪せたサイケノイズ~QUICKSAND/「Distant Populations」:79p

アルバムレビュー
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QUICKSAND/「Distant Populations」:79p

1993年。
思えば、随分ともう遠い昔のことだ。

ロックにおける「ヘヴィネス」に地殻変動が起きていた、丁度あの時期。
もっと具体的に言うなら、オルタナティヴロックの台頭からNIRVANAの華々しい登場、そしてそれにともなうグランジの暴風によってロックの本流が従来の80年代文脈的「HR/HM」から90年代的「グランジ/オルタナ」へと急激にシフトしていた最中の話だ。

そんなヘヴィネス大変革期の真っ只中に、80年代のゴリゴリに叩き上げなハードコア番長が、これまでとは毛色の違う新たな道を模索したかのバンドで再出発を果たしていた。

その「ゴリ」の正体とは、元GORILLA BISCUITS
80年代ニューヨーク・ハードコアの台風の目にして、ストレート・エッジの代表格、通称ゴリビス。それを支えていたウォルター・シュライフェルズを中心に、その周辺の面子と一緒に結成したのがこのQUICKSANDだった。

Slip」、そうタイトルされた1993年の1stデビューアルバムは、かなり鮮烈なインパクトだったと記憶している。
先のような時代の波のなかでFUGAZI的なハードコアの文学的進化系をベースにしつつ、グランジの原初的な熱っぽいノイジーさをも飲み込んで、且つ当時勢いを示していた初期HELMETにも通じるかのギリギリとヤスリで削るかのヘヴィネスを標榜。
更には「Sex is Violence!」などと歌っていた頃の初期JANE’S ADDICTIONのダウナーに冷めて飲み込んでいく妖しさ、あるいは時にALICE IN CHAINSなどの黒色のうねりといった初期オルタナティヴの色素を吸ったような、そんな砂利つき尖ったサイケノイズを、ここでは轟かせていた。

彼らがここで求めたサウンドは、やがてポストハードコアと呼ばれる流れの一つのルーツとなって、後続のシーンに影響を与えていくわけだが、しかしそれはまだ後の話。
当時のぼくはそんなことを考えることもなく、ただこのアルバムの生々しい熱度とささくれ立った内省ヘヴィネスをなんとなく気に入っていた。

とはいえ当時はまだ、インターネットすらない時代のことだ。
間もなくそんな彼らの活動はその後全く耳や目に入ってくることもなくなってしまい、1995年に2ndアルバム「Manic Compression」をひっそりと出すものの、QUICKSANDの名はやがてロック史の中へと消えていくのだった。

さて、そんなウォルターがなんとこの2020年代にQUICKSANDを再結成させ、再びアルバムを出すという。

いや、そうじゃない。どうやらもう再結成はとっくに済ませており、2017年には再結成アルバムを既にリリース済み。
よって今回は、それに続く復活後の二作目となるフルレンスというではないか。

ああ、そうだ。そうだっけ。
いや、実を言うと何年か前に、うすうす話には聞いていたのだ。
正直、再結成QUICKSANDが20年以上ぶりにアルバムを出した、というのは知っていた。
知ってはいたが、スルーしていた。
へえ、ウォルターがあのQUICKSANDを、ねぇ…。
そうは思ったし、感慨も覚えたのが、しかし手を伸ばすまでの興味には至らなかったのだ。

だからぼくにとっては、これは2ndアルバム以来の再会だ。
1995年以来、あれからもう25年近くにもなる。
そんな25年ぶりの、QUICKSAND
さてや如何に。

…て、あれ。
あれれれ。
こんなんだったっけ?
こんなにマイルドだったっけ?

最初の印象は、それだった。
いや確かにFUGAZI系統のポストハードコアを母体にはしている。
でも、あれ、こんなソフトな質感だったっけ。

かつてのHELMETのようなギリギリとヤスリで削るかのヘヴィネスは、初期グランジの熱っぽいノイジーさは、初期JANE’S ADDICTIONのダウナーに冷めて飲み込んでいく妖しさは、あるいは時にALICE IN CHAINSのような黒みがかったうねりは、一体どこにいったんだ?
25年もたつと、そんな陰ったオルタナ色素ってこんなにも抜けきってしまうものなのか。
あのひしゃげるようなヘヴィネスは、、ヒリつき砂利ついてたグランジィなサイケノイズは、こんなにも色褪せてしまうものなのか。

それとも25年の年月の中で、ぼくの耳自体がそうなってしまったのか。
それとも25年の年月の中で、ウォルター自体がそうなってしまったのか…。

違う。
そうじゃない。
刺々しさが、砂利つきが、黒みがごっそりとそげ落ち剥がれ落ちたぶん、そんな攻撃性が色褪せたぶんだけ、その色褪せの中から色味あるエモーションがむき出しになったのだ。

元来的にウォルターが持っていた、そしてその後RIVAL SCHOOLなどを通じて養っていったメロウネスが、情感の豊かさが、そこにようやく露わになったのだ。

だからそこには、かろうじて残ったヘヴィネスの陰から、エモやUKロック、インディーロック的な美性が顔を覗かせている。
例えば、柔らかなメロディが浮遊するM4″Brushed“(↑)、そしてM7”Phase 90“の美しさが、まさにそれだ。

25年ぶりに出会ったQUICKSANDは、もうあの頃のささくれたサイケノイズはかなり色褪せてしまっていたけれど、それでもその中のエモーションはしっかりと育まれて、そして今この2020年代に向けて芽生えている。
元々の高音域を浮遊しながら細く歌っていたそれは、今や仄暗くも淡く美しい情景を柔らかにメロディックに漂い描くそれになっている。
かつての面影を含んだダークなリフをまといながらも、ゆらゆらとメロウな叙情性をここに導くそれになっている。

そうだ、
それでいいのだ。
だってこれは、今のQUICKSAND、今のウォルターなのだから。
というかだからこそ、今を伝える再結成の意味があるのじゃないか。
それがこの、今に着地したQUICKSANDの姿なのだ。

つまりは「今のQUICKSAND」を伝えること。
そこにこそ、再結成の意味があるし、それに比べれば、あの頃の再現なんてそれほどの価値はない。

だからもう、色褪せたサイケノイズなんて、別にこだわる必要すらない。
HELMETのようなギリギリとヤスリで削るかのヘヴィネスも、初期JANE’S ADDICTIONの冷めたダウナーさも、ALICE IN CHAINSの黒ずんだうねりも、もうここにはそんなまでに望まれちゃいない。
少なくともウォルター・シュライフェルズがそう思っている。それだったら、もう、それでいい。
25年前のQUICKSANDに、縛られなくていい。
だからこそ、これでいいのだ。

そう、
1993年というのはそれほどまでに、随分ともう遠い昔の、昔のことなのだ。

DATE
    • アーティスト名:QUICKSOUND
    • 出身:US
    • 作品名:「Distant Populations」
    • リリース:2021年
    • ジャンル:POST HARDCORE、ALTERNATIVE、他
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