WHEEL/「Resident Human」:83p
とにかくその日の帰り道は、ひどく疲れていたんだ。
何せ、お盆の連休を開けて間もない出勤。
久しく離れていた慣れていない生活の中で、いつも以上の業務に追われてしまった。
加えて体に響くこの暑さと、おかしなにわか雨によるこの湿度だ。
そのほかのこともあったせいで、ぼくのHPはあとわずしか残っていない。
こういう日は、早く帰って風呂でも入り、軽く酒でも飲んで寝てしまおう。
そう思いながら、少しでも早くうちにつきたく高速を飛ばしていた帰り道。カーステにつなげていたSpotifyから流れていたのが、このアルバムだった。
物悲しくて、ダークで、深遠。
しかし込み入り過ぎて聴き疲れることなく、程よくコンパクトで、そしてモダンなグルーヴが心地よくもある。
プログレッシヴ・メタル。
俗にそう称され括られる音楽ではあるかもしれないが、とはいえ例によっての過剰な情報をあれもこれもとべっちゃりごっちゃり盛り込んでヘイお待ちっていうヤツじゃない。
一つの物語を絞り込み、そこに向かって丹精に、丁寧に、黒みを塗り重ねていく。それによって説得力とドラマ性を紡いでいく。そんな類だ。
だから聴き疲れないし、惑わされずに浸れる。
こんなときには、ピッタリな一枚だ。
実はそのお盆の休み中に、SNSで繋がっている音楽仲間が勧めていたこのバンド。
どれどれと思って試してみたのだが、うん、ファーストインプレはそこそこ悪くはない。
ふーん、とリピっていると、最初はそうでもなかったのだが、あれあれ、次第にクセにもなってしまった。
というか、はじめから正直に言ってしまうが、何せこいつらクソみたいにド地味なもんで、ぶっちゃけ一撃の初発からドンと懐に入り込んでエグってくるタイプじゃない。
だからこその、「そこそこ悪くない」だったのだ。
しかし、その「そこそこ」を何度か繰り返しているうちに、いつの間にかじわじわと染みてくる。
するとやがて「そこそこ」が抜けていき、「悪くない」が「良いじゃないか」へと変わっていく。
どちらかといえば、そういうタイプだ。
というか少なくともぼくの場合は、そうだった。
おっと、そろそろ彼らの身柄を紹介しよう。
WHEEL。
タイヤといえばメタル界には炎のフリーホイルを残した神がいるけれど、それはさて置いて。
ぼくも何ぶん教えてもらったばかりのニワカで詳細がまだよくわからないのだが、どうやらフィンランド産プログレメタルバンドの、これが2ndフルレンスであるらしい。
ちょっと乱暴に説明するなら、TOOLから多大な影響を受けたポストTOOL北欧プログレメタル、と言ったところか。
つまりは、その濃厚な北欧らしいメランコリアを、知的かつ内省性なサウンドドラマに組み込みながら、モダンメタルらしい躍動感で駆動させている。
ガリガリしたエッジィなギターリフと、拍を加えて刻み進むポリリズム。
その合算たるdjent技をはじめ、重厚でメタリックなパワー感が豊富なのが嬉しい。
それもあって、じわじわと抑揚を高めていく長尺ナンバーの出来が総じて高いのが素晴らしい。
「ロクな実力も才能も備わってないくせに、いっぱしヅラで長尺曲なんかやるもんじゃない」
普段からそう言って憚らないこの手の大作指向に厳しいぼくにしては、やけに珍しく物わかりの良い言いぶんだな。我ながらそう思うのだけど、でも実際にいいのだから仕方ない。
例えば、いきなりのっけの幕開けから、10分超えオープナーのM1″Dissipating“(↓)。
普通にありがちなマシマシ系の情報バリ過多プログメタルだったら、いきなり朝ごはんに脂ぎったトンコツラーメンを出されるようなもの。ぼくはそんなもの、ごめんだ。
しかし彼らの場合、大風呂敷での盛り散らかしによってではなく、焦点を定めての塗り重ねでドラマチズムを呼び込んでいる。
しかも加えてガリゴリのドコドコもんな高圧展開でそれを示すものだから、メタルとしてのカタルシスも十分あるのがいい。
ここら辺は、プログレ畑のみならずグランジ/オルタナティブをも可食範疇に入れてきた雑食性ならではの逞しさなのかもしれない。
加えて仄暗いペールトーンの、アンニュイな歌メロの抒情感にはしばしばDIZZY MIZZ LIZZYを彷彿させることがあるのだけど、これは間違いなく意図的なのだろう。
しかもそれが要所でのアクセントあるメロディとなっていて、存在感の一役を買っている。
(と、ここまで書いて今更ながらに気がついたが、全体のイメージやテンションとしては暗黒描写に向かった近年のDIZZY MIZZ LIZZYに近いのかもしれない)
と、概ね好印象ではあるものの、難を述べるとするならば。
いかんせんミドルテンポで似た曲調と単色なカラーリングという作りの平坦さのせいか、中盤からダレてくる。場合によっては食い飽きしてくる。
(無論それを考慮してのコンパクトさなのだろうが)
さらには、先にも触れたがインパクト自体が弱いのもそれを助長していよう。
とはいえ弱点もまた、またプラスなり。
ワントーンで揃えた作りはフラット故に地味になりがちだが、しかしヘタに色味を広げないぶん統一感があり、一つのアンサンブルとして心象を作り込んだ一つのドラマとしての訴求力につながる。
だからこそ、こういうときには、こういうアルバムが、いい。向いている。
雑多に広がらない、余計な感情を食い散らかしてあっちゃこっちゃと向かわない。
だからこそ、染みてくる。
そういう「浸らせる」力を持っている。
とまあ、そんなことを考えながら聴いていると、アルバムのクライマックスであるタイトルトラックM6″Resident Human“を迎えたばかりのところで、うちに到着してしまった。
これも10分越えの長尺なのだが、しかしこれまたそんな長さをものともしない中盤~終盤にかけてのダイナミックな動的展開が盛り上がる曲なのだ。
さあ、どうするか。疲れた。
まずは風呂だ。
そして、ビールだ。
そして、この曲だ。このアルバムだ。
なんならもっかい最初から通して聴くってのもアリだ。
そうしてもう、早く寝てしまおう。
そう。
こうやってぼくは、このアルバムをリピートしながら、いつの間にか染み込むのを許してしまったのだった。
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- アーティスト名:WHEEL
- 出身:フィンランド
- 作品名:「Resident Human」
- リリース:2021年
- ジャンル:PROGRESSIVE METAL、ALTERNATIVE、PROGRESSIVE ROCK、他