休肝日明けの、寝起きもよく清々しい朝。
順調に朝タスクもこなし、回る洗濯機を待ちながら、さあてここらで一発やっておきますかコオヒイひいてレコオド流して、休日恒例ヴァイナルカフェ。
S.O.D./「Speak English Or Die」(1985)
輸入盤、という憧れが通じる時代が、あった。
1980年代半ば過ぎ、まだ昭和がしばらく続くと誰もが思っていた時代の話だ。
海の向こうのロックバンドが、海の向こうでだけ、出すアルバム。
この日本では、この社会では発売されることのないバンドの、あまり海の「こっち側」では知られることのないアルバム。
そして、それを手にすることの出来る、輸入盤。
それは海外のロックを、洋楽を、メタルを、海の向こうの音楽を聴き始めた、海の向こうのロックに自意識を持っていかれていた、あの時代の思春期の小僧に取っては、ある種の特別な憧れが、そこにはあったのだ。
うるさくて、激しくて、怖くて、反抗的な、そんなロックの象徴である、メタルやパンク。
誰もが聞いているようなイイ子ちゃんのためのアイドルや歌謡曲じゃない、選ばれしロックとしてのメタルやパンク。
TVに映ることの決してない、親や先生や大人たちが顔をしかめるような、そんな反抗のロックとしての、メタルやパンク。
学校や教室や塾や家庭などの息苦しい良識に囲まれた「こっち側」には理解出来ないであろう、「向こう側」のロックとしての、メタルやパンク。
当時、そうした海の「向こう」のメタルやパンクバンドの多くのアルバムは、今のように簡単に聴くことも出来なかった。
第一、日本国内にもアルバムは、そう出されなかったくらいだ。
だから、そういうロックに触れるためには、輸入盤、という海の向こうだけで出されたアルバムを輸入しているレコード屋に行って、3000円近くを支払って買うしかなかったのだ。
つまりあの時代。輸入盤とは、「こっち側」には存在しない「向こう側」から輸入してきた、価値ある「向こう側」のものだった。
1980年代半ば過ぎ、バブルなるものが東京というぼくには全く関係のないところで沸き立ち始め、そしてそんな都会ではパンクとメタルの仲が悪かったらしかった時代の話だ。
あのANTHRAXがパンクをやっているんだぜ。
そう、遠藤くんから教えてもらったときは、マジで興奮した。
これ、輸入盤でしか出てないんだぜ。
遠藤くんは、得意そうにそう言っていた。
おっと、遠藤くんというのは、当時のぼくのクラスメイトだったロック仲間のことだ。
彼は、クラスでも誰より向こうのロックに詳しくて、誰よりギターが上手くて、そして誰より輸入盤にやっぱり憧れていた。
そんな遠藤くんは、学校や先生やクラスには内緒で持ってきていたある輸入盤のレコードを、得意げにぼくらにだけ見せびらかしていた。
ガイコツの、落書きみたいな安っぽいジャケアートの、このレコードを、だ。
ああ。
いかにも、輸入盤って感じだ。
いかにも、日本じゃ売ってない、「こっち側」じゃ知られていなそうな、ぼくら「向こう側」を知るものだけのロックアルバムだ。
おおーっ、マジすげーじゃん!
マジすげー向こう側じゃん、という純粋な憧れを込めて、ぼくは興奮しながら、その輸入盤と遠藤くんに応えた。
そうして遠藤くんから借りたその輸入盤は、果たして彼の教え以上に、ずっとずっと「向こう側」だった。
ずっとずっと、それこそマジすげー遥かに「向こう側」だった。
ぼくが焦がれ憧れた、うるさくて激しくて怖くて反抗的な、そんな「向こう側」のメタルやパンクが、そこにはあった。
世に逆らうような轟音を叩きつけるような曲。
世をせせら笑い小馬鹿にしたような曲。
世には流せないほどに、うるせえ曲。
やかましい曲。
速い曲。
激しい曲。
おっかない曲。
トチ狂ってる曲。
何かをただひたすらに叫んでいる曲。
2秒しかない曲…。
そんなロックが、そんなマジすげー遥か「向こう側」が、その一枚にはたっぷり詰まっていた。
「ハードコア・スラッシュ」、って言うんだぜ。
そう、遠藤くんは言っていた。
スラッシュメタルより速くて、パンクより激しくて、とにかくどんなものよりも最高にイカした「向こう側」。
そう、遠藤くんは「こっち側」に、得意げに誇っていた。
1980年代半ば過ぎ、少なくとも思春期の小僧どもにはまだ「こっち側」と「向こう側」があるものだと信じられていた時代の話だ。
さて。
あれから30年以上経った、ある日のことだ。
もうとっくに昭和が終わって、もうとっくに平成が終わって、もうとっくにカセットテープはなくなって、もうとっくにレコードは単なる少数派の趣味のものになって。
そして、もうとっくに「向こう側」だと小僧どもが思っていたものが向こう側でも何でもなかったことをぼくも、そしておそらくは遠藤くんも知ったであろう、30年以上も後の、ある日のことだ。
仲間との飲みの待ち合わせの合間にぶらり入った、とあるレコード屋で、ぼくは再びこのアルバムに出会った。
この輸入盤に、再会した。
あの日に遠藤くんから借りた30年ぶりの「向こう側」に、あの日のハードコア・スラッシュに再会したのだ。
ああ、そうだったっけ。
思い出したよ。
S.O.D.。
「向こう側」のハードコア・スラッシュ。
それを30年以上も前にぼくに教えてくれたのが、このバンドだった。このアルバムだった。
焦がれ憧れた、ずっとずっと、マジすげー遥かなる「向こう側」を、ぼくに教えてくれたのが、この輸入盤だった。
ぼくにとってこれは、だから最高の一枚なのだ。
- アーティスト名:STORMTROOPER OF DEATH(S.O.D.)
- 出身:US
- 作品名:「Speak English or Die」
- リリース:1985年
- ジャンル:THRASH METAL、HARD CORE、HARDCORE THRASH、CROSSOVER、
よって、そのほとんどが70~80年代の古いものばかり。
尤も音楽批評というかしこまったものよりは、大概がただの独り言程度のたわいない呟きなので、ゆるーく本気にせず(笑)読んでいただければ幸いです。