台風一過、よく晴れた雲一つない秋晴れの日曜朝。
そしてワイら黒崎一家はこれからトキオシティでおめかしして、豪華ホテルビュッフェランチ、しかも人の金。
さあて何を着て行こうかこのクソ田舎もんが。
おっとその前に、まずはコオヒイひいてレコオド流して休日恒例ヴァイナルカフェ。
SCORPIONS/「Love At First Sting」(1984)
90分カセットテープ、というのが昔あった。
なんと、通常の46分テープのほぼ倍。つまりアルバムで2枚分を、表のA面とその裏のB面にそれぞれ双方に録音することが出来るという、昭和の便利アイテムだ。
あの時代はみんな、そうしたカセットテープを買ってきては、友人の持っているレコードや、レンタルのレコードなどを録音し、それをウォークマンやラジカセで聴くというのが、音楽好きのたしなみだったのだ。
さて、そんな昭和は関東の片田舎。
ロック仲間だった高校のクラスメイトからぼくが受け取ったその90分テープには、裏のB面にPRETTY MAIDSの1stアルバムが録音されていた。
そしてそれは、本当に田舎もんの思春期童貞少年の胸を焼け焦がす程に足りるほど素敵なサウンドだった。
いかめしいクラシック音楽のイントロから、なだれ込むかのように激しく爆速で突っ走る怒涛の疾走チューン。
しかもそれが何曲も連なる、痛快この上ない彼等の最高傑作「Red Hot And Heavy」。
これぞヘヴィメタル。これぞパワーメタル。
凄い。凄い。凄いバンドだ。
その圧巻さにいたく感動したぼくは、その友人に興奮気味でその思いを伝えるのだった。
すると彼はキョトンとしながら、こう答えてきたのだ。
「それより、肝心のA面は?」
え?
ああ、なんか入っていたっけな。
うーん、そんなピンとこず刺さりもしない、ハードロックみたいなやつか。
そう答えると、なんと。
友人はいきなり目の色を変え、お前それは駄目だろう!と、詰め寄って来たではないか。
なんだなんだとたじろいでいるぼくに、彼はまくしたてた。
曰く、このバンドがダメだとか、このアルバムがイマイチとか、完全にありえない。
こいつらこそヘヴィメタルのトップバンドなのだ。とにもかくにも、凄いバンドなのだ。
その「凄さ」が判らないのは、お前のロックを聴く耳が全くなってない証拠だ。
もう一度、ちゃんと聴き直してこい。
その「凄さ」をもっかい、学んでこい。
そう、ぼくは怒られ、突き返されてしまった。
はあ。
仕方なくうちに帰ったぼくは、大して刺さらず、凄いとも思えなかったテープのA面を巻き戻し、そこに録音されたアルバムに改めて姿勢を正して向かい直し、「これはきっと凄いものに違いない」と自分に言い聞かせながら、何度も何度も繰り返しては、その良さを、凄さを探そうとした。
SCORPIONSの、「Love At First Sting」。
思い起こせば彼らとの出会い、そしてその始まりとなったこのアルバムとの付き合いは、そのようにぼくにとってはそんな「凄いとはあまり思えないもの」として始まったのだった。
おっと、自分のことだから少しばかり言い訳しておくけれど、それはやっぱり当時のぼくには無理からぬことだったのだ。
まず第一に、速いメタルが聴きたくて仕方なかった若かりし昭和の田舎高校生にとって、PRETTY MAIDSの1stはあまりに魅力的だった。凄いサウンドだった。
そして第二に、SCORPIONSのこのアルバムは、やっぱりポップだった。
それがいいんじゃん、そのハードネスとメロディアスさの塩梅がいいんじゃん。
そうわかるまでには、その「凄さ」を味わえるまでには、当時のガキには少しばかり成長の時間が足りなかったのだ。
ドイツ出身。
70年代初頭にアルバムデビューを果たしたこのバンドは、マイケル・シェンカーという名ギタリストを生み出しながら、70年代を活躍していった。
そしてそんな彼らは、ことさらにここ日本での人気が根強かった。
あのギター神シェンカーを生んだバンド。
そして、演歌とすら当時は言われた泣きのメロ。
さらに、来日公演を収録した名ライブ盤、「Tokyo Tapes」の存在。そして「荒城の月」。
そういう要素があって、スコピーは昔からみんな好きだった。みんな「凄いバンド」だと言っていた。思っていた。
そんな彼らがアメリカでブレイクしたのは、1982年。
「Black Out」アルバムでのことだ。
事実、このアルバムによって彼らはドイツのメタルバンドから、ワールドワイドなロックバンドへと格を高めることになる。
つまり「凄い」バンドが、「凄い」とみんな言っていて、「凄い」と思われているバンドが、ここでより「凄く」なったのだ。
そんな「世界の”凄いSCORPIONS“」になった彼らの立ち位置を揺るぎないものとした、その次なる決定打がこの「Love At First Sting」だったのだ。
そして実際に、このアルバムは、売れた。
折からのヘヴィ・メタル・ブームの追い風を受け、バンドの勢いも加わって、売れに売れて、話題にもなった。
だからみんなこれを、聴いていた。
スコピーってのは昔から凄いバンドで、そんな凄いバンドがより凄くなった一大ヒットアルバムがこれなのだ。
だから、これが凄くないわけが絶対にないのだ。
だってみんなそう言ってきたから。そう思ってきたのだから。
そんな最中のアルバムだから、実を言えば、メタルらしいエッジィさや攻撃性はといえば、ややながら後退している。
寧ろ彼らのメロディックさを活かして、よりポップで大衆的、商業的な作風を目指したのがこのアルバムだった。
いや、それが悪いわけでは勿論ないし、そればっかりのアルバムでも断じてない。
アップテンポの名曲だって収録されているし、何より楽曲が粒ぞろいだ。
しかも初期の彼ららしい、暗く泣きすさぶような悲哀の叙情美もここには活かされており、なんともバランスの取れた名盤だとも今では思う。
そう、今では、だ。
でもあの頃は、ぼくはそう思わなかった。
凄いバンドだと、みんな言って、みんな思っていたのだけど、ぼくだけはそう凄いと思えなかった。
だったらPRETTY MAIDSのほうが、90分テープのB面に入っていたバンドのほうが、ぼくには凄いバンドに思えていた。
「Love At First Sting」。
そうタイトルされていたこの凄いバンドによる、より凄いアルバムは、しかし結局のところ当時のぼくには、刺さりはしなかった。
Love At First Stingには、なり得なかった。
勿論、その後ロックを、メタルを聴き進めていくうちにSCORPIONSという凄いバンドの何たるかを、その凄さをぼくは知ることになる。
そしてこのアルバムの魅力を、凄みを、知ることになる。
実際、SCORPIONSは、やっぱり凄い。みんなと同様にぼくもそう思うようになったし、そしてそう言うようになった。なれた。
でも結局のところ、やっぱりぼくはPRETTY MAIDSの1stを越えてこのアルバムが好きになることは決してなかったし、正直なところそれは今も変わってない。
このアルバムを前にすると、そんなあの日の90分テープを思い出す。
そう刺さりもしなかった、Love At First Stingにはならなかった、凄いともさほど思わなかった、それでも凄いのに違いないと一生懸命に聴いたあのカセットテープを思い出す。
ああ、そうだ。
ぼくにはこれよりもあのB面のほうが、やっぱり凄かったんだっけ。
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ヴァイナルカフェとは |
近年やっとアナログレコードにハマった超絶情弱時代乗り遅れ管理人、黒崎正刀が、休日の朝に趣味でコオヒイをひいて、その日の気分で持ってるレコオドを流し、まったり鑑賞している間にゆるーくSNSなどで書いているものを、こちらのブログに転用したもの。 |