DEAFHEAVEN/「Infinite Granite」:78p
脱ポストブラック。
推測でしかないのだが、きっと多くのリスナーやレビューワーが、本作を前にしておよそそれに通じる似たような感想を抱き、記すことだろう。
実際のところ、本作はそのように従来までの作風から逸しており、一聴してブラックメタルの要素を大きく削いだもののように伺えるのは、よもや間違いない。
そして勿論ながら、そんな意見を完全に否定することも、ぼくはしない。
しないけれど、いや、本質はそこじゃないのではないか、とは思わなくもない。
勿体ぶらずに結論から述べてしまうが、ぼくが思うに、これはただの「ツールの組み合わせ」の帰結でしかない。
だから脱してもいなければ、脱しようもない。
単に「ブラックメタルというツール」の使いようが変わっただけに過ぎない。
同様に、シューゲイザー化したのでもないし、「シューゲイザーというツール」への向き合いが変わったというだけのことだ。
つまりは、互いのツールの組み合わせが、変わった。
少なくともぼくは、そのようにこのアルバムを見ている。
米ブラックゲイズの最前線、DEAFHEAVEN。
前3rd「Ordinary Corrupt Human Love」リリースののち、所属レーベルから離脱。バンドのマネージメントが主宰しているサージェント・ハウスに移籍して環境を整え、心機一転たる4thフルレンスが本作だ。
そんな彼らをとりまく変化からのニューステップということもあって、頃合いかとも思ってはいたけれど、これまた随分と踏み進めてきたものだ。
かの「Sunbather」から見れば、8年。
それ以来ブラックゲイズの旗持ちとしてこれまで歩んできた彼等だが、ここにきてそれらを一気に過去のものと置き去るかの変容ぶりを見せている。
まず、本作を前に誰しもが驚愕するのは、ブラックメタル要素の大胆なまでの脱色だ。
本作においては、これまで見られていたブラストビートや叫びといったメタリックな攻撃性はほとんど影を隠している。
代わりに、柔和なクリアシンギングをメインに据えての煌めき眩いまでな美しい抒情的サウンドスケープをアルバムほとんどに至って広げており、さながらそれはUKバンドの耽美ギターロックのようにすら映るまでだ。
無論、前作までにもそうした傾向や片鱗は見られていたが、それを助走にして本作へと大きく跳躍せしめた。
まず最初に受ける印象が、それだ。
しかしよく聴けば従来同様、メタル的な鋭角さや高圧力のダイナミクスが露骨ではないながらも要所に活かされているのも、みえてくるだろう。
というかむしろ、それらこそが本作の繊細な美麗さに込められたエモーションを押し高めている。
例えば、M3”Great Mass Of Color”の躍動感とリズミックな高揚感。あるいはM7”The Gnashing”の示す退廃のなかで妖艶さを動かすビートの強さはどうだ。
さらに、ラスト。
圧巻至極ともいうべきこのM9“Mombasa”に至り、そしてクライマックスでの情念の波の押し寄せが、幻想的なメロディをスクリームとメタリックなビートで薙ぎ倒し、渾然一体化させデカダンに彼岸を超えていく、達観なるその刹那。
音圧を浴びたこれまでの一切の当惑が、喝采へと塗り変えられるそのとき、成る程。
彼等はポストメタルを脱したのではなく、それらを手段に自らの美性を描いていただけであり、そこにおいてはメタルもシューゲイザーも同位でしかなく、ただのツールなのだな、と理解に達した次第だ。
いや、思えばすでに「Sunbather」の時点において、彼らにとってはトレモロリフも、甘さを孕んだ轟音ギターも、あるいはポストロックやプログレすらも全く同じ「ツール」だったのではないか。今にして、ふと考えさせられる。
DEAFHEAVENというポストブラックの、現在進行形。
そんな彼等がここで果たした、ツールの組み替え。ゲームパラメーターの転換。戦略のシフト。
それをたやすく進化、などと言うことにぼくは躊躇いを覚えてしまう。
だって、この手応えある本作をもたらしたのは「進化」などではなく、自己への向き合いだからである。
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- アーティスト名:DEAFHEAVEN
- 出身:US
- 作品名:「Infinite Granite」
- リリース:2021年
- ジャンル:POST-METAL、METALGAZE、SHOEGAZE METAL、BLACKGAZE、POST-BLACK METAL、ATMOSPHERIC METAL、EXPERIMENTAL METAL、他