「いい曲」を作り続けることの難しさ~DREAM THEATER/「Distance Over Time」:50p

アルバムレビュー
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DREAM THEATER/ 「Distance Over Time」(2019)

いい曲を作る。
いい曲を、いい歌を、作り続ける。

一流のポピュラーミュージック(滅茶苦茶当たり前で説明するまでもない話だが、メタルもそこに含まれる)に何が求められているのかといえば、これに尽きるだろう。
結局、なんだかんだ言ったって、いい曲を作ってポピュラーミュージックはなんぼ、なのである。
やれテクニカルな演奏だのは、はっきり言ってそういうことはその後にあるものであり、この大前提がろくにできないバンドがそれをすっ飛ばしてなんのかんのとくっちゃべるのはお門違い以外の何者でしかない。
逆に言うなら、これが出来るバンドは何をやったって最終的には、いい。
えらく極論めいているように聞こえようが、しかし突き詰めればそれがポピュラーミュージックというものの、れっきとした現実だ。

さて。
DREAM THEATERというバンドについて、多くのメタルファンが誤解していることがある。
いや、誤解とは果てしなく随分過ぎた何様話であった、こりゃ失礼。
多くは皆判っているけれど、それを言わない。言うまでもないこと。
それは、彼ら最大の魅力は、ただひとつ。
優れた曲を書き続けられて、優れた娯楽作品〜ポピュラーミュージックとしての秀逸性〜を作り続けていることに他ならない、ということだ。

30年以上、「いい曲」を作り続けているブランドバンド、DREAM THEATER
これを前にしたら、プログレッシヴであることや、一流のテクニカル集団であることなどは二の次、三の次、その更に次の話でしかない。
だって、それらはあくまでその手段でしかなく、目的ではないからだ。
じゃあ彼らの目的は、なんだ。
言うまでもなく、いい曲を作り続けることだ。

実際、彼らレベルのグッドソングメイカーは、実は殊更に少ないだろう。
そのくらい彼らの楽曲作成能力は、むちゃくちゃ高い。
彼らがどうして今まで30年以上もこの世界に君臨できたか。
演奏家としての腕がいいから、じゃ実はない。
「いい曲」を作り続けてきたから。唯一、これだけだ。

しかし、である。
いや、だからこそ。
その意味において、このところの彼らに対し歯がゆさを覚えるのも、また事実なのだ。

そして実際問題の、本作だ。
大風呂敷の大作主義でうすらごまかしていた前作から一転、本作のようなコンパクトな”楽曲”重視にした途端、露呈し
た馬脚に、そんなバンドの現状の限界が映し出されてる。
それでいいのか、ドリムシよ。

判っている。
よーく、知ってる。

とめどなくスリリングに流れる演奏展開。
はっとするようなプレイの数々、数々、数々。
これでもかとめまぐるしく張り詰めた、極上の緊張感。
技量あってこそ実現しうる、ハイレベルな表現美。
しかもそんなバックに負けない、ヴォーカルのつややかな表現力。
それらがとんでもなく凄いのは、もうよーーーーーーーく、知っている。判ってる。

だが問題は、それらを担う骨格が「いい曲」かどうかであり、それらが「いい曲だ」として響くかどうかなのだ。
そしてこの点において、このアルバムは少なくともこれまでの彼らとしては、いささかどころか全く及んでない。ようにしか、ぼくには聴こえない。

結局、似たようなただの劣化版焼き直しの、小手先技量によるだましだましな塗り返し。
このアルバムを聴き、例によって何度もはっとした場面を繰り返しながらも、しかしそれらの結果、ぼくが本作を聴いて思い至る感想は、最終的にはそんなところだ。

無論、そういうバンドも多い。そういうバンドとしての生き方だってあるのかもしれない。

でも。
でも、だ。
でも。

それでいいのか、ドリムシよ!?

少なくともぼくにとっては、例えばゼロ年代に、METALLICAMUSEやラウドロックなどなど、そんなだっさいオッサン目線の周回遅れトレンドにみっともなくもしがみつきながら、それでも「いい曲を作っていた」彼らのクリエイティビティのほうが、はるかにまばゆく映る。
最近のドリムシの体たらく、それは「いい曲」の不在さに尽きるだろう。

「いい曲を作り続けることの難しさ」
プログレだテクニカルだとかを口にする前に、最も重要な問題がここにある。
もう一度だけ…いや、やっぱり何度だってぼくはそれを問おう。

でも、それでいいのか、ドリムシよ。

DATE
  • アーティスト名:DREAM THEATER
  • 出身:アメリカ
  • 作品名:「Distance Over Time」
  • リリース:2019年
  • PROGRESSIVE METAL他
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